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内田也哉子さんが無言館共同館主に就任
2024/06/15
当館から車で10分ほどのところに、無言館という美術館があります。
こんな田舎の美術館(というと失礼ですが)に全国からたくさんの方が訪れています。
それは戦争で命を落とした画学生たちの絵画などの作品や、戦地から家族に宛てた手紙などが展示されている美術館だからです。
美術評論家の窪島誠一郎さんが開設したここ長野県上田市の「無言館」は、
第2次世界大戦で亡くなった美術学校の学生や卒業生の作品や遺品などおよそ700点を収蔵しています。
そして一昨年の24時間テレビでは、館主の窪島誠一郎さんが無言館を造るまでのお話しをドラマ化されましたね。
私(専務の鈴木です)自身も戦争を知らない世代ではありますが、今の若い子たちに是非足を運んでもらいたい場所です。
もちろん私と同じ世代や、戦争を体験された皆様、どの年代でも感じることは必ずある。
私も日々慌ただしく過ごし心を落ち着かせたいときや、感謝の気持ちを忘れてしまったりしているなというとき、一人で訪れていたりします。
やりたかったのにできなかった悔しさ、家族への愛情、そういった亡くなってしまった画学生の皆さんがいるのに、自分は今本当に一生懸命生きているのか?まだまだ頑張れるはず!と奮い立たせてくれる場所でもあります。
そんな無言館ですが、昨日14日に、共同館主に文筆家の内田也哉子さんが就任したという大きなニュースが!
無言館の存在をさらに広く知ってもらおうと、文筆家の内田也哉子さんが新たに共同館主に就任し、14日、窪島さんとともに都内で記者会見を開いたようです。
その中で内田さんは「戦争を知らない世代から影響を受けた人たちまで平和を語る機会を作っていきたい」と抱負を述べられたそうです。
以下記者会見の内容から抜粋
↓ ↓ ↓
内田さんは母親で2018年に亡くなった俳優の樹木希林さんとともに、親子2代にわたって無言館や窪島さんと交流を続けてきたといい、「戦争を知らない者として、また戦争が絶えない世界を生きる1人として、無言館というけうな美術館の存在を精いっぱいお伝えできたらと思う」と抱負を述べました。
そのうえで「絵の前に立つと戦争に行くまで画学生たちが送っていたきらきらとした日常が伝わる。アートを通して戦争を知らない世代から影響を受けた人たちまで一緒に平和を語る機会を作っていきたい」と話していました。
こんな田舎の美術館(というと失礼ですが)に全国からたくさんの方が訪れています。
それは戦争で命を落とした画学生たちの絵画などの作品や、戦地から家族に宛てた手紙などが展示されている美術館だからです。
美術評論家の窪島誠一郎さんが開設したここ長野県上田市の「無言館」は、
第2次世界大戦で亡くなった美術学校の学生や卒業生の作品や遺品などおよそ700点を収蔵しています。
そして一昨年の24時間テレビでは、館主の窪島誠一郎さんが無言館を造るまでのお話しをドラマ化されましたね。
私(専務の鈴木です)自身も戦争を知らない世代ではありますが、今の若い子たちに是非足を運んでもらいたい場所です。
もちろん私と同じ世代や、戦争を体験された皆様、どの年代でも感じることは必ずある。
私も日々慌ただしく過ごし心を落ち着かせたいときや、感謝の気持ちを忘れてしまったりしているなというとき、一人で訪れていたりします。
やりたかったのにできなかった悔しさ、家族への愛情、そういった亡くなってしまった画学生の皆さんがいるのに、自分は今本当に一生懸命生きているのか?まだまだ頑張れるはず!と奮い立たせてくれる場所でもあります。
そんな無言館ですが、昨日14日に、共同館主に文筆家の内田也哉子さんが就任したという大きなニュースが!
無言館の存在をさらに広く知ってもらおうと、文筆家の内田也哉子さんが新たに共同館主に就任し、14日、窪島さんとともに都内で記者会見を開いたようです。
その中で内田さんは「戦争を知らない世代から影響を受けた人たちまで平和を語る機会を作っていきたい」と抱負を述べられたそうです。
以下記者会見の内容から抜粋
↓ ↓ ↓
内田さんは母親で2018年に亡くなった俳優の樹木希林さんとともに、親子2代にわたって無言館や窪島さんと交流を続けてきたといい、「戦争を知らない者として、また戦争が絶えない世界を生きる1人として、無言館というけうな美術館の存在を精いっぱいお伝えできたらと思う」と抱負を述べました。
そのうえで「絵の前に立つと戦争に行くまで画学生たちが送っていたきらきらとした日常が伝わる。アートを通して戦争を知らない世代から影響を受けた人たちまで一緒に平和を語る機会を作っていきたい」と話していました。
- 第二展示室